10日間連続トレッドミルフルマラソン!シャロン・ゲイター選手ギネス記録達成時の生理・栄養データ

2022年3月21日

はじめに

以前、イギリスの著名な女性ウルトラランナーであるSharon Gayter選手が7日間トレッドミル走で世界記録を達成した時の生理・栄養データを報告したケーススタディを紹介しました。

こういったケーススタディは因果関係を理解するといった硬い考えではなく、クレイジーなアスリートのデータを知るという、誰しもが持つ知的好奇心で楽しむ姿勢が大切です。

今回はSharon Gayter選手が10日連続トレッドミルで10回のマラソンにチャレンジした際の生理学・栄養データを報告したケーススタディを紹介します。

論文概要

出典

Berger, N., Cooley, D., Graham, M., Harrison, C., Campbell, G., & Best, R. (2021). Consistency Is Key When Setting a New World Record for Running 10 Marathons in 10 Days. International journal of environmental research and public health, 18(22), 12066. https://doi.org/10.3390/ijerph182212066

方法
当時54歳の女性ウルトラランナーを対象

10日間連続トレッドミルでのフルマラソンの詳細
スタート時間:11時
室温:20度
距離: 42.195km/日

主な測定項目は下記のとおり
・身体組成(毎日のトレッドミル走前後、1日後、7日後)
→体重、骨格筋量・体脂肪率・体水分量(バイオインピーダンス法)

・トレッドミルテスト(前もって実施)
→最大酸素摂取量、乳酸性閾値など

・生理学負荷(毎日のトレッドミル走中)
→心拍数(毎時最後1分)、呼気ガス(最後の2分間)、主観的運動強度(10段階尺度、毎時)

・睡眠指標
→安静時心拍数・睡眠時間(Garmin社のスマートウォッチ)

・血液指標(毎日のトレッドミル走前後)
→血中乳酸、ヘモグロビン、ヘマトクリット値、コレステロール値など

・栄養データ
→総エネルギー摂取量、糖質・タンパク質・脂質の摂取量

・リカバリー方策

結果
・女性ウルトラランナーの特徴
身長:162.5cm
体重:49.3kg
最大酸素摂取量:53ml/kg/min(2.59L/min)
乳酸性作業閾値:75%VO2max
最大心拍数:174拍/分

・記録
合計43時間51分39秒
(1日目:4時間21分21秒、2日目:4時間21分39秒、3日目:4時間24分38秒、4日目:4時間24分06秒、5日目:4時間23分55秒、6日目:4時間24分22秒、7日目:4時間23分54秒、8日目:4時間23分21秒、9日目:4時間23分25秒、10日目:4時間21分21秒)
→それまでのギネス記録を約2.5時間短縮

・身体組成
体重:チャレンジ前が51kg、チャレンジ後が48.4kg
体脂肪率:チャレンジ前が17.9%、チャレンジ後が14.8%
筋肉量:チャレンジ前が23.2kg、チャレンジ後が22.8kg

・栄養摂取状況(平均値)
総エネルギー摂取量:2035kcal/日(合計18918kcal)
糖質摂取量:279.9g/日(5.7g/kg/日)
タンパク質摂取量:112.9g/日(2.3g/kg/日)
脂質摂取量:51.8g/日(1.1g/kg/日)
PFC比率:22.2:22.9:55
水分摂取量:2309mL/日
ナトリウム摂取量:4577mg/日
マラソン中のエネルギー摂取量:67.7kcal/マラソン
1・2日目はトレッドミル走中に糖質とわずかなタンパク質が含まれた飲料を摂取していたが、3日目以降は水と少量のブドウ(46.4kcal/マラソン)のうみを摂取

・生理学データ(平均値)
酸素摂取量:32.3ml/kg/ml(~約60%VO2max)
心拍数:143拍(3時間以降、速度が一定にも関わらず4-5%増加)
呼吸交換比:0.8(糖質の酸化割合:33.4%、脂質の酸化割合:66.6%)
推定エネルギー消費量:2030kcal/マラソン
エネルギー出納(総推定エネルギー摂取量-総推定エネルギー消費量):-12700kcal

・血液指標(平均値)
ヘモグロビン:毎日のトレッドミル走前が13.2g/dL、毎日のトレッドミル走後が13.9g/dL
ヘマトクリット値:毎日のトレッドミル走前が39%、毎日のトレッドミル走後が42%
血中乳酸濃度:毎日のトレッドミル走前が1.1mmol/L、毎日のトレッドミル走後が1.3mmol/L
LDLコレステロール値:毎日のトレッドミル走前が2.3mmol/L、毎日のトレッドミル走後が1.8mmol/L
HDLコレステロール値:毎日のトレッドミル走前が2.1mmol/L、毎日のトレッドミル走後が2.2mmol/L

■主観的強度(平均値)
1時間:5.0
2時間:5.00
3時間:5.17
4時間:5.56

■栄養補給以外のリカバリー方策
毎日のトレッドミル走後にアイスバスに足を漬けることと、マッサージを実施していた

解説

以前紹介した論文は、決められた期間(7日)でなるべく多い距離を走るイベントでしたが、今回は1日当たりの走行距離が42.195kmと決められていました。
したがって、10日間連続トレッドミルフルマラソンは、日数こそ多いものの、走行距離が7日間連続トレッドミル走(835.05km)に比べて少ないため、過酷度は下がります。
事実、1日24時間のうち、20時間近くはトレッドミル走をしていません。

興味深い点は、エネルギー出納のマイナスは7日間連続トレッドミル走が顕著(約-30000kcal)であったのにも関わらず、体重減少量は10日間連続トレッドミルフルマラソンで著しかったことです。
この差は、ヘマトクリット値やヘモグロビンの変化などを踏まえると、体水分量の変化だと考えられます。
実際、10日間連続トレッドミルフルマラソンでは細胞内・外の水分量は各日のトレッドミルフルマラソン前後でほぼ一定だったと推察されていた一方、7日間連続トレッドミル走の論文では、低たんぱく血症による浮腫、アルドステロン増加によってナトリウムが蓄積することに伴う血漿量増加、筋ダメージによる腎機能障害などの関与によって体水分が増加した可能性があると考察されていました。
メディア等では、体重減少量の著しさによってレースの過酷度を表すことがあります。
しかし、レースが過酷すぎる場合、体重が変化しない可能性もあるため、体重変化量のみで表現するのはナンセンスだと言えます。

栄養補給や栄養戦略について、興味深い考察がされていました。
原文を引用します。

The majority of performance and practices associated with the attempt were the athlete’s choice alone; it is important to note however, that SG is an incredibly experienced ultra-athlete and also engages with sports science literature to support her decision making. SG’s blended use of both tacit and explicit evidence is considered evidence-informed performance. We believe as sports scientists involved in supporting the documented attempt, our role was to assess, analyse, and where appropriate, inform the athlete’s choices, but not to interfere with or direct performance or decision making for the sake of publication.

簡単にまとめると、彼女の意思決定をサポートする役割としてスポーツ科学が貢献していたが、科学者の役割は分析や適切な情報の提供にとどまり、彼女の意思決定を妨害することはなかったということです。
チャレンジのデータが論文として世に出るということ自体、彼女自身のスポーツ科学への信頼を示すものですが、適切な科学サポートと論文のアウトプットを両立できるスポーツ科学者は日本には少ないのが実情です。

まとめ

同じ複数日ウルトラマラソンでもレース条件によって身体反応は顕著に異なる