ウルトラトレイルのパフォーマンスを説明する生理学要因

はじめに

これまでウルトラトレイルのパフォーマンスと生理学指標との関係を検証した研究を紹介してきました。

UTMBを対象とした研究では、レース時間の長い種目では最大酸素摂取量に代表される有酸素性の生理学指標ではパフォーマンスをあまり予測できないことが示されています。
ただし、最高走行速度とパフォーマンスとの間には有意な相関関係はありました。

また、別の研究では、最高走行速度は50km、80kmのレースではパフォーマンスと関係していましたが、160kmのレースではパフォーマンスと関係していませんでした。

一口にウルトラトレイルといってもレース条件は様々な上、個々の研究の対象者の特性(人数、走力)によっても結果が左右されます。
したがって、ウルトラトレイルのパフォーマンスに生理学指標が密に関わるのかについては、統一的な見解は出せないと考えられます。
それを前提とした上で、今回紹介する論文では、107kmウルトラトレイルのパフォーマンスと生理学指標、身体組成との関係を性差やパフォーマンスレベル別にも検証しています。

論文概要

出典

Martinez-Navarro, I., Montoya-Vieco, A., Collado, E., Hernando, B., & Hernando, C. (2022). Ultra Trail Performance is Differently Predicted by Endurance Variables in Men and Women. International journal of sports medicine, 43(7), 600–607. https://doi.org/10.1055/a-1255-3083

方法
2019年に開催されたPenyagolosa Trails CSP race(107.4km、合計マイナス標高4356m、合計プラス標高5604m)にエントリーした47名のうち完走した32名(男性:19名、女性:13名)を分析対象
男性完走者は397名、対象者の順位は13位から395位
女性完走者は47名、対象者の順位は7位から32位

身体組成の測定はインピーダンス法で実施
評価指標はBMI、体脂肪率(%FM)、除脂肪量率(%LBM)

漸増負荷試験の測定はレースの2-4週間前に実施
プロトコルは下記のとおり
6km/hの速度で4分間ウォームアップ、8km/hの速度から2分ごとに1km/h漸増、呼吸交換比が1.0を超えたら1分ごとに1km/h漸増
評価指標は下記のとおり
最高酸素摂取量(VO2peak、体重1kg当たり)
最高走行速度(Vpeak)
第一の換気性閾値の走行速度(VVT1)と酸素摂取水準(%VT1)
第二の換気性閾値の走行速度(VVT2)と酸素摂取水準(%VT2)
最大脂質酸化量の酸化摂取水準(FATmax)
最大脂質酸化量(MFO、除脂肪量当たり)

結果
相関関係の結果は下記のとおり
※()の中は相関係数

男女含めた場合、レースタイムとの関係が統計学的に有意だった指標
%FM(0.575)
%LBM(-0.586)
VVT1(-0.579)
VVT2(-0.717)
%VT2(-0.393)
VO2peak(-0.670)
Vpeak(-0.693)
MFO(-0.538)

男性のみの場合、レースタイムとの関係が統計学的に有意だった指標
%FM(0.577)
%LBM(-0.608)
VVT1(-0.486)
VVT2(-0.730)
VVO2peak(-0.629)
Vpeak(-0.743)
MFO(-0.530)

女性のみの場合、レースタイムとの関係が統計学的に有意だった指標
%FM(0.618)
&LBM(-0.612)
VVT1(-0.757)
VVT2(-0.755)
%VT2(-0.652)
VO2peak(-0.848)
Vpeak(-0.692)
MFO(-0.592)

重回帰分析によってレースタイムとの関係が統計学的有意だった指標と説明率は下記のとおり
男女含めた場合、VVT2、MFOで55%が説明
男性のみの場合、VPeakとMFOで66%が説明
女性のみの場合、VO2peakで69%が説明
速いランナー(対象者の平均レースタイムより短い者)の場合、Vpeakで75%が説明
遅いランナー(対象者の平均レースタイムより長い者)の場合、Vpeakで33%が説明

解説

この論文は、およそ100kmのウルトラトレイルのパフォーマンスは、トレッドミルで行われる漸増負荷試験で得られる生理学指標からある程度説明できることを示しています。

論文では男女差について詳しく考察されていますが、これぐらいの人数で検討できるものなのか疑問が残ります。
かといって、一大会を対象とした実験でこれ以上の人数を対象とした実験を行うのは難しい側面もあるため、研究者側は出来る限りの努力をしたと考えられます。

それ以上にインパクトのある結果は、速いランナーと遅いランナーでのVpeakによるパフォーマンスの説明率です。
すなわち、速いランナーではVpeakでパフォーマンスが70%以上説明できましたが、遅いランナーではわずか33%でした。
この結果を踏まえると、遅いランナーは生理学指標以外の要素を最適化することでパフォーマンスを高められる可能性が高そうです。
一方、速いランナーは生理学指標を伸ばすことがさらなるパフォーマンス向上に寄与する可能性が高そうです。

まとめ

ウルトラトレイルのパフォーマンスは生理学指標と関係する