ウルトラマラソンのパフォーマンスと生理学指標、フォーム指標との関係

はじめに

一言でウルトラマラソンと言っても、その競技時間は約3時間から数週間以上のものまで多岐にわたり、競技時間やレースの特徴によってパフォーマンスと密接に関係する要因は変わります。

今回はトレッドミルで行われた80.5km模擬レースのパフォーマンス(タイム)と生理学指標(最大酸素摂取量、酸素摂取水準、走の経済性)およびフォーム指標(ケーデンス、ストライド長)との関係を検証した論文を紹介します。

多くの先行研究が実際の大会(実レース)を対象としているのに対し、本論文は実験室(トレッドミル)で行った模擬レースを対象に、測定時の走行速度をコントロールした条件で、レース中に生理学指標・フォーム指標を計測している点に新規性・価値があります。

論文概要

出典

Howe, C., Swann, N., Spendiff, O., Kosciuk, A., Pummell, E., & Moir, H. J. (2021). Performance determinants, running energetics and spatiotemporal gait parameters during a treadmill ultramarathon. European journal of applied physiology, 121(6), 1759–1771. https://doi.org/10.1007/s00421-021-04643-2

方法
13名の持久系ランナーを対象
ただし、80.5kmを完走した12名(男性9名、女性3名)が最終的なデータ分析対象者
対象者は2回実験室を訪問(訪問間隔:1週間以上3週間以内)
1回目に漸増負荷試験、2回目に80.5km模擬レースを実施

■漸増負荷試験の測定項目
最大酸素摂取量(VO2max)、最大心拍数(HRmax)、VO2maxの走行速度(VVO2max)など

■80.5km模擬レースの実施条件・測定項目
できるだけ早い時間で80.5kmを走破する最大努力形式
ただし、開始10分後(0km)と16.1kmごとに3分間の8km/h走行を実施し、各区間の最後の1分の呼気ガス、心拍数、ステップ変数を測定
(呼気ガス測定機器は測定時以外外して実施)

結果
※数値は平均値
■対象者の特徴
年齢:34歳
BMI:22.6
走行距離:74km/週
VO2max:60.4ml/kg/min
HRmax:187bpm
VVO2max:17.3km/h

■レースパフォーマンス
完走時間:540分(うち走行時間500分)
レース中の相対強度(止まっている時間を含む):66.5%VO2max、52.8%VVO2max
体重減少量:2.6kg
エネルギー摂取量:1588kcal

■レース中の生理学指標・フォーム指標の変化
ランニングエコノミー(酸素摂取量、エネルギーコスト):中盤以降に悪化
換気量(VE):終盤に増加
心拍数:中盤以降に増加
呼吸交換比:序盤から減少

ケーデンス・ストライド長:統計学的有意差なし

■パフォーマンスと生理学指標・フォーム指標との関係
レース中の%VO2maxとエネルギーコストで80.5kmのタイムの61%が説明可能
→相対強度(%VO2max)が高く、エコノミーに優れるランナーのパフォーマンスが優れる

レース中のステップ変数の変化とエネルギーコストの変化に有意な相関関係なし

解説

本論文は、トレッドミルで行われた80.5km模擬レースの生理学指標・フォーム指標の変化ならびにパフォーマンスとの関係を検証した結果、1) ランニングエコノミーは悪化すること、2)フォーム指標(ケーデンス・ストライド長)は変化しないこと、3) エコノミーの変化とフォーム指標の変化は関係していないこと、4) レース中の相対強度(%VO2max)が高く、エコノミーに優れるランナーのパフォーマンス高いこと、を明らかにしました。

長時間走行中にランニングエコノミーが悪化することは先行研究でも認められている現象です。
(ただし、全ての研究で悪化が認められてはいない)
そして、この悪化の原因として、ストライド長の減少をはじめとするフォーム指標が関係していると指摘する研究や指導者・関係者がいますが、この論文はその見解を否定しています。
もちろん、ストライド長やケーデンス以外のバイオメカニクス指標によってエコノミーの変化を多少説明できる可能性はありますが、本研究でも観察されている心拍数の増加(≒1回拍出量の減少)や換気量の増加といった生理学要因が強く関係している可能性があります。

本論文の漸増負荷試験は、血中乳酸濃度を計測していたため、乳酸性閾値が定量可能でした。
レース中の%VO2maxと漸増負荷試験で定量可能な乳酸性閾値の酸素摂取水準(%VO2max at LT)との相関関係を分析することで、ウルトラマラソンに向けたトレーニングの示唆を与える資料になり得ましたが、その点は本文には未記載でした。

まとめ

ウルトラマラソンではレース中のランニングエコノミーの悪化を防ぐことが優れたパフォーマンスへの鍵となる