フルマラソンのタイムを縮める科学的栄養補給戦略
はじめに
フルマラソンのパフォーマンスは、最大酸素摂取量やランニングエコノミーといったフィットネスによっておおよそ70パーセント説明できるとされています。
一方、たとえ優れたフィットネスがあっても、レース当日の戦略的要素(ペース設定、栄養水分補給戦略)が不十分の場合、最高のパフォーマンスは発揮できません。
今回はフルマラソンにおけるレース中の栄養補給戦略を科学的エビデンスに基づいて実施すると、タイムが大幅に改善する可能性を示した論文を紹介します。
論文概要
出典
Hansen, E. A., Emanuelsen, A., Gertsen, R. M., & Sørensen S, S. R. (2014). Improved marathon performance by in-race nutritional strategy intervention. International journal of sport nutrition and exercise metabolism, 24(6), 645–655. https://doi.org/10.1123/ijsnem.2013-0130
方法
2013年コペンハーゲンマラソンにエントリーした104名の一般ランナーを対象マラソン大会の約7週間前に10kmタイムトライアルを実施
10kmタイムトライアルとアンケート結果をもとに下記2群に分類
✓自由摂取群(FRE)
自由摂取✓科学的エビデンスに基づく栄養補給群(SCI)
スタートの10―15分前にエナジージェル2個と0.2Lの水を摂取
スタート後は40分経過以降、20分ごとにエナジージェル1個を摂取、水分は1時間あたり0.75Lを摂取
エナジージェルは1個20gの糖質(マルトデキストリン、グルコース)、0.02gのナトリウム、0.03gのカフェイン
1時間あたりの摂取量は水分が0.75L、糖質が60g、ナトリウムが0.06g、カフェインが0.09gマラソン大会の4―5週間前に両群のランナーがハーフマラソンを完走
SCIはマラソン大会当日と同じ栄養補給戦略を慣れ目的で実践
SCIにはマラソン大会30日前にエナジージェル20個を提供、普段の練習で利用(運動中の糖質酸化率向上目的)マラソン大会前に性別や10kmタイムトライアルのタイムが均等の14組のペア(男性11名、女3名)に割り当て、合計28名のデータを分析
マラソン大会当日の評価指標は下記のとおり
タイム、ペース、栄養摂取量、レース前後の体重・血糖値、胃腸症状結果
・マラソン大会の気象条件は天候が曇り・雨、気温が15-19度・10kmタイムトライアルのタイムは群間差なし
(FRE:45分40秒、SCI:45分44秒)・マラソン大会前のトレーニング量、トレーニング頻度に群間差なし
・レースタイムに群間差あり
(FRE:3時間49分26秒、SCI:3時間38分31秒、4.7%の差)・30km以降のラップタイムに群間差あり
(FREはペース低下したのに対し、SCIは比較的イーブンペースで走行)・レース中の糖質摂取量に群間差あり
(FRE:145.6g、SCI:234.3g)・レース前後の体重は両群とも変化なし
・レース後の血糖値に群間差あり
(FRE:4.9mmol/L、SCI:6.3mmol/L)・胃腸症状は個人差があり、吐き気、膨満感、腹痛、排便欲などが観察されたが群間差なし
解説
この論文は科学的エビデンスに基づいた栄養補給戦略を実践すると、マラソンのパフォーマンスが向上する可能性を示しています。
10kmタイムトライアルのタイムやトレーニング状況がほとんど一緒にも関わらず、マラソンのタイムに10分以上の差が生じている点はインパクトがあります。
推奨された栄養補給戦略は、「1時間あたりの摂取量は水分が0.75L、糖質が60g、ナトリウムが0.06g、カフェインが0.09g」です。
このうち、最もタイム差に寄与したと考えられるのが糖質摂取量です。
(カフェインの持久系パフォーマンスを高める効果がありますが、比較的少量だった上、FREもカフェイン含有の飲食物を摂った可能性がある)
論文が出された2014年と現在では持久系競技の栄養補給戦略に関する科学的エビデンスも多少変化していますが、糖質を積極的に摂取する有効性は今でも変わりません。
また、SCIは、大会当日だけでなく、大会前のトレーニングやハーフマラソンでもエナジージェルを使うアプローチをしていました。
実際、2014年以降の研究によって持久系アスリートがトレーニング中に糖質を積極的に摂ることで、長時間運動時の胃腸症状の予防、糖質摂取時の糖質酸化率やパフォーマンス向上に効果的なことが示されています。
(引用:Miall, A., Khoo, A., Rauch, C., Snipe, R., Camões-Costa, V. L., Gibson, P. R., & Costa, R. (2018). Two weeks of repetitive gut-challenge reduce exercise-associated gastrointestinal symptoms and malabsorption. Scandinavian journal of medicine & science in sports, 28(2), 630–640. https://doi.org/10.1111/sms.12912、Costa, R., Miall, A., Khoo, A., Rauch, C., Snipe, R., Camões-Costa, V., & Gibson, P. (2017). Gut-training: the impact of two weeks repetitive gut-challenge during exercise on gastrointestinal status, glucose availability, fuel kinetics, and running performance. Applied physiology, nutrition, and metabolism = Physiologie appliquee, nutrition et metabolisme, 42(5), 547–557. https://doi.org/10.1139/apnm-2016-0453)
この論文の結果がエリートランナーにどれほど当てはまるかは分かりませんが、一般ランナーでタイムを縮めることにモチベーションがあるランナーは試す価値がありそうです。
まとめ
フルマラソン当日の栄養補給戦略によってタイムが10分縮められるかもしれない