ある部位のストレッチをすると別の部位の関節可動域が向上する

2021年9月27日

はじめに

ストレッチ運動(ストレッチング)とは、筋肉や関節を伸ばす運動です。
ストレッチングは、柔軟性(関節の可動範囲で身体運動を円滑に、しかも広範囲に動かすことのできる性能)を高めると認識されています。

ストレッチの種類は静的ストレッチ(Static stretch: SS)・動的ストレッチ(Dynamic stretch: DS)に分けられます
ストレッチングの効果の機序については解明されていないことが多くありますが、SSでは神経筋系に対する鎮静作用(中枢神経系による抑制)によって痛みの閾値が上昇することが関節可動域(Range of motion: ROM)向上に関与していると言われています。
また動きを伴うDSでは筋温上昇によって筋の粘り気(粘性)が低下し抵抗性が減少することも関与すると言われています。

筋疲労の現象の一つに非局所的筋疲労(Non-local muscle fatigue: NLMF)があります。
NLMFは、運動を行った対象筋以外の筋機能の低下を意味します。
(例えば右上肢の運動をした際の左上肢、上半身の運動をした際の下半身)

NLMFは中枢神経系による抑制作用が関与していることが示唆されています。
このことから一部の専門家は、ストレッチにおいても対象筋以外の関節可動域(Non-local ROM)を向上させる働きがあると指摘しています。

そこで今回は上半身のストレッチが股関節屈曲関節可動域に効果があるのか、下半身のストレッチが肩関節伸展関節可動域に効果があるのかを検証した論文を紹介します。

論文概要

出典

Behm, D. G., Cavanaugh, T., Quigley, P., Reid, J. C., Nardi, P. S., & Marchetti, P. H. (2016). Acute bouts of upper and lower body static and dynamic stretching increase non-local joint range of motion. European journal of applied physiology, 116(1), 241–249. https://doi.org/10.1007/s00421-015-3270-1

方法
12名の筋トレ経験を持つ成人を対象(男性8名、女性4名、平均年齢27歳)
ランダム化クロスオーバーデザイン
条件は下記の6つとし、最低48時間の感覚を空けて実施
・上半身コントロール条件
・下半身コントロール条件
・上半身SS条件(肩関節水平伸展)
・上半身DS条件(肩関節水平伸展・水平屈曲)
・下半身SS条件(股関節外転)
・下半身DS条件(股関節外転・内転)

ストレッチングの詳細は下記のとおり
SS・DSともに30秒のストレッチングを15秒の休息を挟みながら10回実施
強度は「想像できる最大のストレッチの不快感(痛み)」の70-90%

各試行の前後に下記項目を測定
ただし、筋持久力テストのみ試行前の実施なし

・他動的・能動的関節可動域(Range of motion: ROM)
→股関節屈曲・肩関節伸展を対象

・最大随意等尺性最大筋力(Maximal voluntary contraction: MVC)
・MVC発揮時における最初の100ms時の筋力(F100)
・筋持久力
→膝関節屈曲・肘関節屈曲を対象

・筋電図
→筋持久力テスト実施時に測定

結果
・他動的ROMは時間による主効果あり
→下半身SS条件(8.2%)・下半身DS条件(9%)後に肩関節伸展ROMは増加
→上半身SS上半身(5.2%)後に股関節屈曲ROMは増加

・能動的ROM・MVC・F100・筋持久力・筋電図は時間による効果や交互作用なし

解説

この論文の主な発見は、1) 下半身のDS・SS後に上半身の他動的ROMが増加したこと、2) 上半身のSS後に下半身の他動的ROMが増加したことです。
つまり、ストレッチングによってNon-local ROMが向上しました。

この論文では筋温を測定していないため、筋組織の粘弾性による影響を推察することに限界があります。
ただし、上半身のDS後に下半身の他動的ROMが変化していないことを踏まえると、中枢神経系による鎮静作用が関与していたと考えるのが妥当な気がします。

一方、自らの筋力発揮を伴う能動的ROMや筋力・筋持久力は、ストレッチ前後で変化がありませんでした。
ストレッチングは一過性に筋力や筋パワーを低下させることが明らかになっていますが、30程度までであれば、そういった悪影響はほとんどないことが指摘されています。
そのため、今回のストレッチングのプロトコールが結果に影響したと考えられます。

いずれにせよ、ストレッチングの急性効果は、ストレッチングの種類、持続時間、強度、ストレッチング後の経過時間などによって異なるため、実践する際には目的を明確にした上で狙った効果が得られるアプローチを選択する必要があります。
ただし、ストレッチングによる競技力向上や傷害予防に関するエビデンスは欠如しており、目的を明確にすること自体が困難な作業であったりします。

まとめ

ストレッチするとストレッチしていない部位の関節可動域も向上する