MMAファイター達の急速減量(水抜き)とリカバリー

はじめに

以前、総合格闘技(Mixed Martial Arts: MMA)のプロファイターを対象としたケーススタディを紹介しました。


ケーススタディによると、大会8週間前から1週間前までは日々の激しいトレーニングによる消費カロリーの増大と、カロリー制限(食事制限)によって主に体脂肪を削ぎ落していました。
一方で、計量直前はいわゆる「水抜き」によってさらなる体重減少を達成しましたが、この際、身体は過度な脱水状態でした。

※水抜きのことを学術的にはRapid Weight Reduction(RWL)と呼ぶことがあります。

アマチュアMMAファイター12名を対象とした論文によると、計量後、試合直前までに体重はある程度戻ったのにも関わらず、尿比重からみると多くのファイターが脱水状態であったことや、組力と少なからず関係する握力が試合直前まで低下していました。

※計量後、試合開始までの約1日で体重を大幅に戻すことを格闘技界ではリカバリーと呼び、学術的にはRapid Weight Gain(RWG)と呼ぶことがあります

今回はMMAファイターを対象として、大会前の体重・脱水状態・食事状況の経時変化を検証した論文を紹介します。

なお、以前紹介した論文と今回紹介する論文は海外で行われた研究ですが、日本のMMAファイターも水抜きを用いるアスリートが多いです。
実際、RIZIN(日本で最も知名度の高い総合格闘技団体)に出場する朝倉未来選手や朝倉海選手、扇久保博正選手、金太郎選手といったプロMMAファイターが自身のYouTubeチャンネルで水抜き動画をあげています。

論文概要

出典

Matthews, J. J., & Nicholas, C. (2017). Extreme Rapid Weight Loss and Rapid Weight Gain Observed in UK Mixed Martial Arts Athletes Preparing for Competition. International journal of sport nutrition and exercise metabolism, 27(2), 122–129. https://doi.org/10.1123/ijsnem.2016-0174

方法
イングランドにあるジムに所属する男性MMAファイター7名を対象(食事状況のデータは6名)

計量5日前(ベースライン)・計量時・試合前に体重と脱水状態を測定
計量直前から試合前の食事状況を調査
RWLの方法に関するアンケート調査を実施

脱水状態は尿浸透圧で評価
0-249mOsmol/kg:水分過剰
250-700mOsmol/kg:体水分正常状態
701-1080mOsmol/kg:脱水状態
1081-1500mOsmol/kg:過度な脱水状態

結果
※数値は平均値

・計量から試合までの間隔は32時間
・試合前の測定は試合45分前に実施

・体重はベースラインに比べて計量時に5.6kg(8.0%)減少、計量時から試合前までに7.4kg(11.7%)増加
→統計学的には計量時<ベースライン<試合前

・尿浸透圧はベースラインから計量時にかけて増加、計量時から試合前に減少
→計量時:57%のMMAファイターが脱水状態、43%が過度な脱水状態
→試合前:57%のMMAファイターが水分過剰、29%が体水分正常状態、14%が脱水状態

・エネルギー摂取量はRWL中(ベースライン~計量時)が1261kcal/日、RWG中(計量時~試合前)が3176kcal/日
・糖質摂取量はRWL中が68g/日(1g/kg/日)、RWG中が471g/日(7.2g/kg/日)
・水分摂取量はRWL中に徐々に減少(計量の5日前:6511ml/day、計量の1日前:約1269ml/day)

・RWLの方法は、段階的な食事制限・食事を抜く・水分摂取制限・サウナ・熱い塩類風呂・ウォーターローディングなどを実践する者が多かった

解説

この論文は、MMAファイターの試合前1週間の体重・脱水状態を測定した結果、リカバリー(RWG)で体重は増加しても、体水分は多くの選手で正常にまで戻っていなかったことを示しています。

この論文ではエネルギー消費量を測定していないため、エネルギー出納(エネルギー摂取量とエネルギー消費量の差分)を見積もることはできません。
しかし、脂肪1kg落とすにはエネルギー出納を約-7500kcalにする必要があるため、RWL中の体重減少を脂肪のみで説明することは不可能です。

では何が体重変動の要因かというと、水分・糖質摂取量の減少に伴う体水分量の低下が最も寄与していると考えられます。
糖質は身体に蓄積される際グリコーゲンとして筋肉や肝臓に貯蔵されますが、グリコーゲン1gに対して水3gが結合するため、糖質摂取量を減らすと体重も減少します(糖質制限ダイエットの初期に体重が減少する理由)。
実際、この論文のRWL中の糖質摂取量は体重1kg当たり1gと、アスリートとしては非常に少ないレベルでした。
また、RWG中の糖質摂取量は体重1kg当たり7.2gと大幅に増加し、これが計量時から試合前までの体重増加の原因だと考えられます。

体水分状態は、以前紹介した論文同様、計量時では身体が脱水状態になっていると評価されました。
また、試合前でも体水分が正常状態に戻っているMMAファイターは約30%に留まっていました。
したがって、RWL・RWGは身体に一過性に過剰なストレスをかけているに違いありません。

なお、ウォーターローディングとは、はじめに水分摂取量を増やした上で、計量の数日前から段階的に減らす戦略のことで、MMAファイターの間では頻繁に用いられています。
MMAファイターの界隈では、水分・塩分摂取量を調整することで、Flushing effectと呼ばれる尿量増加が起こることは信じられているようです。
しかし、身体には恒常性機能があり、水分・塩分摂取量の変化に伴い利尿作用に関わるホルモン分泌も変化することが予測され、ウォーターローディングの有効性には個人差も大きいと考えられます。

まとめ

MMAファイターは試合前1週間の体重変動が著しい