ウルトラトレランで優れたパフォーマンスを発揮するために必要な要素はレース距離によって異なる

はじめに

ウルトラマラソンとは、フルマラソン(42.195km)を超える距離を要するレースのことです。
ウルトラマラソンの中でも主に舗装路以外の山道を走るレースをウルトラトレイル・ウルトラトレイルランニングと呼びます。

おおよそ5キロから100kmの距離の範囲であれば、実験室で行われるトレッドミルテストで測定できる生理学・パフォーマンス指標(最大酸素摂取量、最高走速度、無酸素性作業閾値、ランニングエコノミー等)がレースタイムと関係することが知られています

一方、ウルトラトレイルで最もポピュラーなレースである100マイル(161km)のような、より長時間を要する種目では、生理学・パフォーマンス指標とレースタイムとの間に相関関係が認められないことも指摘されています。

今回は、同一大会に出場したウルトラトレイルランナーを対象として、距離の違いがレースタイムと生理学・パフォーマンス指標との関係に及ぼす影響を検証した論文を紹介します。

論文概要

出典

Coates, A. M., Berard, J. A., King, T. J., & Burr, J. F. (2021). Physiological Determinants of Ultramarathon Trail-Running Performance. International journal of sports physiology and performance, 1–8. Advance online publication. https://doi.org/10.1123/ijspp.2020-0766

方法
カナダで開催されたSulphur Springs Trail races出場ランナーを対象
当大会は1周20km(1周当たりの累積獲得標高:~620m)を周回する方式
50km、80km、160kmの出場者を対象(50km:21名、80km:13名、160km:8名、未完走者:9名)

主な調査・測定項目は下記のとおり
トレーニング状況・レース経験(質問紙)

安静時の血圧・心拍数、心拍変動

最大酸素摂取量・最高走速度・ランニングエコノミー(酸素コスト、カロリーコスト)
※レースの前(平均12日前)のトレッドミルテストによって決定

体水分・体重の変化
※レース前後の体重・血液検査(ヘマトクリット値)によって決定

結果
平均完走時間
50km:6.2時間(男性)・6.4時間(女性)
80km:11.6時間
160km:25.2時間

50kmのタイムと有意な相関関係があった指標(男女混合)
・レース前1か月の走行距離:r = -0.66
・レース前1年間の走行距離:r = -0.50
・安静時心拍数:r = 0.72
・心拍変動(Ln RMSSD):r = -0.63
・年齢:r = 0.60
・平均血圧:r = 0.54
・BMI:0.67
・最高走速度:r = -0.65
・最大酸素摂取量:r =-0.58
・体重減少率:r = 0.60

80kmのタイムと有意な相関関係があった指標
・最高走速度:r = -0.88

160kmのタイムと有意な相関関係があった指標
なし

多変量解析の結果(50kmレースのみ男女別)
50km(男性)のタイム:最高走速度、平均血圧が選択、自由度調整済み決定係数は0.96
50km(女性)のタイム:最高走速度、体重減少率が選択、自由度調整済み決定係数は0.94
80kmのタイム:最高走速度が選択、自由度調整済み決定係数は0.78
160kmのタイム:選択された指標なし

解説

この論文は、同一コース・異なる距離のウルトラトレイルレースに出場したランナーを対象として、レースパフォーマンスに関係する指標を調査・測定しました。
その結果、距離が増えるにつれて、レースパフォーマンスと有意な相関関係が認められる指標は減り、160kmレースに関してはトレーニング状況、心血管指標(血圧、心拍数、心拍変動)、有酸素性フィットネス指標(最高走速度、最大酸素摂取量、ランニングエコノミー)では何らパフォーマンスが説明できないことが示されました。

ただし、男女を含めて統計処理をしていることや、距離が長くなるにつれて対象者が減っていることに研究の限界があります。
特に対象者数については、レースパフォーマンスとの関係を検証するには多人数をもとに評価しなければ再現性のある結果は得られないため、無視することのできない大きな限界だと考えられます。

一方で、同一日・同一コースという条件でのレースパフォーマンスを評価している点には研究の価値があります。
特にトレイルランニングでは累積標高や路面コンディションなどによって同じ距離でも完走時間が著しく異なるため、異なる大会のタイムをもとにパフォーマンスを評価することは困難です。

個人的には、80kmは最高走速度との間に強い相関関係があることや他の研究結果を踏まえると、約100kmまでは有酸素性フィットネスの向上を図ることがパフォーマンスアップに寄与する可能性が高いと考えています。

まとめ

100マイルレースのパフォーマンスは最高走速度、最大酸素摂取量、ランニングエコノミーといったトレッドミルテストの結果では必ずしも説明できない