長距離ランナーのコンカレントトレーニングの効果

はじめに

コンカレントトレーニング(同時トレーニング)とは、有酸素トレーニングとストレングス(筋力)トレーニングといったように、複数のトレーニングを一つのトレーニング計画に組み込むことです。
陸上競技中長距離走、自転車競技、トライアスロンをはじめとする持久系競技に取り組むアスリートの場合、競技トレーニング・練習として有酸素トレーニングを行い、それに対して比較的少量のストレングストレーニングを行うことが多いです。

当サイトでは、これまでに持久系アスリートや持久系スポーツ愛好家を対象としたコンカレントトレーニングの効果を検証した論文を紹介してきました。

例えば、持久系サイクリストを対象とした研究によると、下肢の高重量ストレングストレーニングは、下肢の最大筋力を増加させるだけでなく、長時間サイクリングの終盤の生理応答を改善させ、その後のラストスパートの出力を向上させる可能性が示されています。

今回は、少なくとも週30km以上の練習量を有している長距離ランナーを対象として、10週間のコンカレントトレーニングの効果を検証した論文を紹介します。

論文概要

出典

Trowell, D., Fox, A., Saunders, N., Vicenzino, B., & Bonacci, J. (2022). Effect of concurrent strength and endurance training on run performance and biomechanics: A randomized controlled trial. Scandinavian journal of medicine & science in sports, 32(3), 543–558. https://doi.org/10.1111/sms.14092

方法
シングルブラインド並行群間ランダム化比較試験
30名の長距離ランナーをランダムに下記の2群に割り当て
・コンカレントストレングス・エンデュランスグループ(CSE)
・コントロールグループ(CON)
ただし、トレーニング期間前に生じた怪我によって最終的なデータ分析対象者は各群14名

トレーニング期間は10週間
トレーニング期間の前後にテストを実施
トレーニング期間中は全員に対して、通常の持久系トレーニングを実施するよう指示
トレーニング期間前のトレーニング状況は下記のとおり
走行距離:CSE→47.9km/週、CON→49.2km/週
頻度:CSE→4.5回/週、4.5回/週
※平均値

■CSEのストレングストレーニングの内容
頻度:2回/週(セッション間最低48時間)
種目:
股関節・膝関節伸展の筋力強化系
→バックスクワット、シングルレッグデッドリフト、高重量(70%1RM)低速度
股関節・膝関節伸展のRFD強化系
→スプリットスクワット、カウンタームーブメントジャンプorドロップジャンプ(45cm)、自重か体重の30%までのダンベル利用
リアクティブ筋力・SSC強化系
→アンクルバウンディング、ハードルジャンプ、A-skip High knee
補助種目系(体幹安定性、臀部のアクティベーション、大腿骨コントロール)
→フロントプランク、グルートブリッジ、サイドステッピング

セット数:各種目2-5セットの範囲で、週ごと非線形的に実施

■CONのストレングストレーニングの内容
CSEとトレーニング時間を揃えることを目的に、週2回の低強度コンディショニングセッションを実施
セッションは、ストレッチと自体重のエクササイズ(シットアップ、ランジなど)で構成

■測定
ランニングパフォーマンス:2kmのタイムトライアル(400mトラック)

生理学指標:酸素摂取量、エネルギーコスト、最大酸素摂取量など(トレッドミル)

身体組成:体重、体脂肪量、除脂肪量

バイオメカニクス、筋活動:秒速3.89m、最大スピードの2つの走行速度でのバイオメカニクスデータ・筋活動データ(110mトラック)

結果
■ランニングパフォーマンス(2kmタイムトライアル)
CONに比べてCSEで有意に向上(平均差:11.3秒)
2%以上向上した割合はCSEが79%、CONが29%

■生理学指標
最大酸素摂取量、ランニングエコノミー(酸素摂取量、エネルギーコスト)は統計学的群間差なし

■身体組成
体脂肪量はCONに比べてCSEで有意に減少(平均差:1.05kg)

■バイオメカニクス、筋活動
秒速3.89m走行時の股関節角速度に統計学的群間差があったものの、その他の指標に有意差なし

解説

本論文は、各群の最大酸素摂取量が平均値でみて60ml/kg/min未満であったことから、エリートアスリートとは呼べないレベルの長距離ランナーを対象としています。
得られた結果は、10週間のストレングストレーニングは、ランニングパフォーマンスを向上させるものの、その要因は生理学指標(最大酸素摂取量・ランニングエコノミー)の変化によるものではなかったことを示唆しています。
また、ランニング中のフォームに関係するバイオメカニクス指標は、ほとんど有意な変化が認められなかった上、筋活動にも変化が認められませんでした。

本論文の筆頭著者であるTrowell氏は2020年に長距離ランナーのストレングストレーニングに関する系統的レビュー・メタ分析を発表しており、その際にはランニングフォームについて、「ストライドパラメータの変化を報告するエビデンスは非常に限られており、ランニング中の生体力学的および神経筋変数の変化を調べた研究はない」と指摘し、今後の研究の必要性を述べていました。
(引用:Trowell, D., Vicenzino, B., Saunders, N., Fox, A., & Bonacci, J. (2020). Effect of Strength Training on Biomechanical and Neuromuscular Variables in Distance Runners: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 50(1), 133–150. https://doi.org/10.1007/s40279-019-01184-9

そして本論文の結果は、生体力学的および神経筋変数の変化を調べた結果、ストレングストレーニングはランニングパフォーマンスを向上させるものの、ランニング動作や筋活動の変化とは必ずしも関係しないことを示しています。

ただし、本論文ではランニングエコノミーにも有意な改善が認められませんでした。
こちらは数多くの先行研究で認められている結果と異なっています。
考えられる原因としては、筋力強化系の種目数の少なさや、その強度の低さ(70%1RM)が挙げられます。
また、多くの研究では、コントロール群は持久系トレーニングのみを行っているのに対し、本論文のコントロール群は低強度ではあるものの、ストレングス系のトレーニングを行っていたことも関係しているかもしれません。
ただし、低強度のコンディショニングセッションでランニングエコノミーが向上する可能性は、これまでの研究を眺める限り、高くないように思います。

いずれにしても、持久系アスリートにおけるストレングストレーニングは効果を左右する変数が多く存在するため、一つの研究結果や系統的レビュー・メタ分析の結果だけをみて、現場に落とし込むことは極めて困難だと考えています。

まとめ

長距離ランナーはストレングストレーニングによってランニングパフォーマンス向上が期待できるものの、その効果はフォームの変化とは関係していないかもしれない