24時間走の強者たちの栄養摂取状況と記録との関係

2021年12月22日

はじめに

ウルトラマラソンとは42.195km(フルマラソン)を超える道のりを走る超長距離走のことです。

ウルトラマラソンの中でも24時間走は比較的メジャーな種目です。
24時間走の世界記録は、1997年にYiannis Kourosが400mトラックレースで達成した303.506kmです。
この記録はレースをとおして平均キロ5分を切ったペースで走行したことを意味しています。

Yiannis Kourosはロードでの24時間走の世界記録(290.221km)も保持している他、約半日から1週間程度を要するウルトラマラソンレースで実績を持つ1980年代から2000年代初頭に活躍した名ランナーです。
近年ウルトラマラソンに挑むランナーは増え続け、Yiannis Kourosよりフルマラソンのタイムが優れるスピードランナーもいますが、未だにYiannis Kourosを超えるウルトラマラソンランナーは現れていません。
(Yiannis Kourosの強さに迫った別記事を今後公開予定です)

ランニングエコノミーの優劣によって多少の差はあれど、ランナーが1km走行すると体重1kg当たり約1kcalのエネルギーを消費します。
これをもとに、体重60kgのランナーが24時間走で240km(キロ6分)を走行したと仮定すると、14,400kcalを消費する計算になります。
活動量の少ない成人男性が1日に摂る摂取カロリーは約2200kcalであることを踏まえると、24時間走で優れたパフォーマンスを発揮するには莫大なエネルギーを消費することが理解できます。

今回は24時間走の世界選手権に出場したエリートウルトラマラソンランナーのレース中の栄養摂取状況を報告した論文を紹介します。

論文概要

出典

Lavoué, C., Siracusa, J., Chalchat, É., Bourrilhon, C., & Charlot, K. (2020). Analysis of food and fluid intake in elite ultra-endurance runners during a 24-h world championship. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 17(1), 1-12.

方法
2019年10月にフランスで開催された24時間走世界選手権に出場したフランスチームの12名のランナーを対象
1名は13時間経過時点でレースを棄権したため、残りの11名(男性5名、女性6名)を分析対象
レース中の栄養摂取状況、胃腸障害やその他の症状(筋肉痛など)を記録
レース中のエネルギー消費量はレース中の走速度や体重をもとに算出
レースの24時間前と30分後以内に血液サンプルと尿の採取を実施

結果
※数値は平均値

・レース記録は231km(範囲:193~272km)
・推定のエネルギー消費量は約15430kcal(範囲:12157~21114kcal)
・レース前後の体重に有意差なし(範囲:-2500~+1249g)

・8名がレース中に1つ以上の胃腸障害を報告(吐き気:4名、嚥下障害:3名、下痢:2名、嘔吐1名)
・5名の選手がレース中に筋肉痛を報告

・水分摂取量は685ml/h(範囲:385~1250ml/h)
・エネルギー摂取量は349kcal/h(範囲:73~546kca/h)
・糖質の摂取量は62.2g/h(範囲:13.9~105.4g/h)
・脂質の摂取量は7.7g/h(範囲:0.9~24.3g/h)
・タンパク質の摂取量は8.0g/h(範囲:1.2~21.7g/h)

・総水分摂取量(絶対値、体重1kg当たり)とレース記録との間に負の相関関係(r = 0.776)
・総エネルギー摂取量(絶対値)とレース記録との間に正の相関関係(r = 0.674)

・レース後にヘマトクリット値は13.2%減少
・レース後に血漿量は19.5%増加
・レース後に尿浸透圧は40.4%増加
・レース後に尿中のナトリウム濃度(27.5%)・血漿ナトリウム濃度(3.2%)は減少

・尿ケトン体はレース前で全員陰性、レース後は9名で検出(5~40mg/dL)

解説

ウルトラマラソンで優れたパフォーマンスを発揮するための栄養戦略は、レースの特徴やコンディションに加えて各ランナーの形態・身体組成・胃腸の強さ、全身持久力などによっても異なるため、一つの絶対的な基準を示すことは困難だと考えられますが、国際スポーツ栄養学会は超持久力系のアスリートの栄養戦略について、水分摂取量が450-750ml/h、糖質摂取量が30~50g/h、エネルギー摂取量が150~400kcal/h、という一つの基準を示しています
(引用:Tiller, N. B., Roberts, J. D., Beasley, L., Chapman, S., Pinto, J. M., Smith, L., Wiffin, M., Russell, M., Sparks, S. A., Duckworth, L., O’Hara, J., Sutton, L., Antonio, J., Willoughby, D. S., Tarpey, M. D., Smith-Ryan, A. E., Ormsbee, M. J., Astorino, T. A., Kreider, R. B., McGinnis, G. R., … Bannock, L. (2019). International Society of Sports Nutrition Position Stand: nutritional considerations for single-stage ultra-marathon training and racing. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 16(1), 50. https://doi.org/10.1186/s12970-019-0312-9

今回の論文は、24時間走の世界選手権に出場した多くのランナーが国際スポーツ栄養学会の推奨値以上の水分・糖質・エネルギーを摂取していたことを示しました(水分:10名/11名、糖質・エネルギー:9名/11名)。
この原因については、周回コースというレースの特性上、栄養摂取をする機会に恵まれていたことが挙げられます。
また、ウルトラマラソンランナーのパフォーマンスと栄養摂取状況を検証したいくつかの研究によると、優れたパフォーマンスを発揮したランナーや胃腸障害が起きなかったランナーほど沢山のエネルギーを摂っていた傾向があるため、この論文の対象者の競技レベルが高かったことも関係していると考えられます。

さらに、レース中のエネルギー摂取量と記録との間には正の相関関係が認められた結果は、レース中に多くのエネルギーを摂れたランナーほど優れた記録を残していたことを示しています

多くのランナーが推奨されている値以上のエネルギーを摂取していたものの、計算上導き出されたエネルギー出納(エネルギー消費量とエネルギー摂取量との差)は、約-7000kcal(消費が約15000kcal、摂取が約8000kcal)でした。
この結果は、たとえ推奨されているエネルギーを摂ったとしても、レース中のスピードが高く消費エネルギーも莫大となるため、エリートウルトラマラソンランナーではエネルギーバランスを満たすまでの補給は困難なことを示しています。
また脂肪を1kg減らすのに約7000kcalが必要であることから、これだけ過酷なレースを走ったとしても、体脂肪にすると1kg減らす程度にしか値しないという見方もできます。

なお、栄養摂取状況と持久系・超持久系競技のパフォーマンスに関する因果関係は複雑であり、食べればパフォーマンスが高まるといった短絡的な思考は正しくないと考えています。

まとめ

24時間走で優れたパフォーマンスを発揮していたランナーはレース中に沢山エネルギーを摂っている