7日間トレッドミル走の世界記録達成時の生理・栄養データ

2021年12月22日

はじめに

ウルトラマラソンとは42.195km(フルマラソン)を超える距離を走る超長距離走のことです。

以前、エリートウルトラマラソンランナー(ウルトラランナー)を対象とした論文をもとに、24時間走では推奨されているエネルギー摂取量を満たしても、エネルギー消費量が莫大になるため、エネルギーバランスを満たす補給は出来ないことを指摘しました。


ウルトラマラソンの種目には数日から数週間を要するものもあります。

今回は複数の世界記録を有する女性ウルトラランナーを対象としたケーススタディを紹介します。
このケーススタディでは、7日間トレッドミル走で世界記録を達成した際の生理学・栄養データを報告しています。

論文概要

出典

Berger, N., Cooley, D., Graham, M., Harrison, C., & Best, R. (2020). Physiological Responses and Nutritional Intake during a 7-Day Treadmill Running World Record. International journal of environmental research and public health, 17(16), 5962. https://doi.org/10.3390/ijerph17165962

方法
当時47歳の女性ウルトラランナーを対象
女性ウルトラランナーは400以上のマラソン、150以上のウルトラマラソンの経験があり、いくつかの世界記録を有していた
(最も著名な記録は、2019年7月にJohn O’GroatsからLand’s Endまでの837マイルを12日11時間16分7秒で走破した記録)

ケーススタディは、2011年12月に行われた7日間トレッドミル走を対象

7日間トレッドミル走の詳細:
室温20度
3時間@走行と30分@回復(トイレ、飲食、マッサージや足のアイスバスのトリートメント)のサイクルを反復、午前1-5時に睡眠を含めた休息をとるプラン

測定項目は下記のとおり
・体重

・血液指標
→血中乳酸、血糖値、ヘモグロビン、ヘマトクリット値

・栄養データ
→総エネルギー摂取量、糖質・タンパク質・脂質の摂取量

・栄養摂取計画
当初、女性ウルトラランナーは30分の回復中に糖質とタンパク質が豊富な食事(フィッシュパイ、パスタなど)の摂取を計画
実際には短時間での熱い飲食物の摂取が困難だった等の理由により、2日目以降はサンドウィッチ、シリアル、スムージー、フルーツ、エナジードリンク、チョコレートなど冷たい飲食物を摂取
無水カフェインは利用なし、インスタントコーヒーと紅茶を適量摂取

・生理学データなど
→呼気ガス(酸素摂取量、二酸化炭素排出量、呼吸交換比、脂質酸化量、糖質酸化量)、心拍数、主観的運動強度
※呼気ガスは各3時間の最後の3分に測定、心拍数は機器・ソフトウェアの不良によって3日目のみ測定、主観的運動強度は各3時間の最後に測定
→その他、7日間トレッドミル走の事前に漸増負荷試験を実施

結果
■女性ウルトラランナーの特徴
身長:162.cm
体重:49kg
最大酸素摂取量(VO2max):48ml/kg/min(2.37L/min)
乳酸性作業閾値:13km/h、80%VO2max、157拍/分

■記録
835.05km
(それまでの女性の世界記録を182.73km、男性の世界記録を79.33km更新)
7日間のうち、ランニングをしている時間は120時間54分28秒

■栄養摂取状況
総エネルギー摂取量:2702kcal/日(合計18918kcal)
糖質摂取量:441g/日
タンパク質摂取量:93g/日
脂質摂取量:64g/日
PFC比率:14:65:21
水分摂取量:3.6L/日
ナトリウム摂取量:4577mg/日
午前1-5時を除いた20時間の糖質摂取量:22g/h
午前1-5時を除いた20時間のタンパク質摂取量:5g/h
午前1-5時を除いた20時間の脂質摂取量:3g/h

■生理学データ
酸素摂取量:24.7ml/kg/ml(約51%VO2max)
呼吸交換比:0.8(糖質の酸化割合:33.4%、脂質の酸化割合:66.6%)
推定エネルギー消費量は48147kcal/7日
エネルギー出納(エネルギー摂取量-エネルギー消費量):-29229kcal(-4174kcal/日)

■血液指標
ヘモグロビン:1日目が13.7g/dL、7日目が11.6g/dL
ヘマトクリット値:1日目が40%、7日目が33%

■体重
1日目:48.5kg
7日目:49.5kg

解説

イギリスの著名な女性ウルトラランナーであるSharon Gayter選手のケーススタディです。
この世界記録は、英国放送協会(BBC)でも報道されるなど当時高い関心を集めました。

注目すべき点は以下の2つです。
1) エネルギー摂取量・糖質摂取量が少ない
2) エネルギー出納が著しいマイナスだったのにも関わらず、体重は増加
この2点について下記に触れます。

1)
以前紹介した24時間走のエリート選手を対象とした数値(エネルギー摂取量:349kcal/h、糖質摂取量:62.2g/h)に比べ、7日間トレッドミル走中のSharon Gayter選手のエネルギー摂取量・糖質摂取量は著しく少ないものでした。
両者の差の原因としては、絶対強度(ペース)の違いが考えられます。
すなわち、24時間走のエリート選手はキロ6分前後で走行していたのに対し、Sharmon Gayer選手はおおよそキロ8分40秒で走行していました。
単位時間当たりのエネルギー消費量は絶対強度に依存します。
そのため、世界記録を更新したイベントではあるものの、7日間トレッドミル走中の単位時間当たりのエネルギー需要量は24時間走に比べ著しく少なかったと言えます。

また、糖質と脂質の酸化割合は相対強度(%VO2max)と密接な関係があります。
Sharmon Gayer選手のレース中の酸素摂取量は約51%VO2maxであり、乳酸性閾値(80%VO2max)を大きく下回っていました。
実際、糖質と脂質の利用割合をみても、おおよそ1:2の比率で脂質が優位でした。
高い相対強度の場合、糖質の酸化量・酸化率が高まるため、レース中に十分な糖質を補給しない限り、ペースの低下を引き起こすと考えられます。

以上を踏まえると、エネルギー摂取量・糖質摂取量が少なくても世界記録が更新できた理由は7日間トレッドミル走の絶対・相対強度が比較的低かったからだと考えられます。

2)
中長期的にみた体重増減のエネルギー出納に依存します。
すなわち、エネルギー出納がマイナスの場合は体重が減少し、プラスの場合は体重が増加します。
一方、このケーススタディでは、エネルギー出納が莫大なマイナス(約-30000kcal)であったのにも関わらず、体重は1日目より7日目で増加しました。
論文の著者らは、体水分の増加に起因する可能性が最も高く、低たんぱく血症による浮腫、アルドステロン増加によってナトリウムが蓄積することに伴う血漿量増加、筋ダメージによる腎機能障害などが関与していたと考察していました。
実際、ヘモグロビンやヘマトクリット値の減少は、血漿量の増加を示唆するデータです。

まとめ

7日間トレッドミル走の世界記録達成時のデータは非常に興味深い