UTMBのパフォーマンス決定要因

はじめに

以前、同一コース、異なる距離のウルトラトレイルレースに出場したランナー達を対象として、レースパフォーマンスに関係する要因を検証した論文を紹介しました。


その論文によると、距離が増えるにつれてレースパフォーマンスと有意な相関関係が認められる指標は減り、160km(100mile)レースに関してはトレーニング状況、心血管指標、有酸素フィットネス指標では何らパフォーマンスが説明できないことが示されました。

今回紹介する論文では、世界最高峰のトレイルランニングの大会であるウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)に出場・完走したランナー達を対象として、レースパフォーマンスに関係する要因を検証しています。

論文概要

出典

Pastor, F. S., Besson, T., Varesco, G., Parent, A., Fanget, M., Koral, J., Foschia, C., Rupp, T., Rimaud, D., Féasson, L., & Millet, G. Y. (2022). Performance Determinants in Trail-Running Races of Different Distances. International journal of sports physiology and performance, 17(6), 844–851. https://doi.org/10.1123/ijspp.2021-0362

方法
UTMBのいずれかのレースに出場した75名のトレイルランナーを対象
うちレースを完走した54名が最終的なデータ分析対象者
本研究ではMCC(40km、+2300m)・OCC(55km、+3500m)をSHORT、CCC(101km、+6100m)をMEDIUM、TDS(145km、+9100m)、UTMB(170km、+10000m)をLONGと定義

測定・評価項目は下記のとおり
・形態
身長、体重、体脂肪率

・トレッドミルテスト
最大酸素摂取量、最高走行速度、換気性閾値、ランニングコスト(時速10km走行時のエネルギーコスト)、糖質・脂質の酸化量など

・パワー・力・速度プロフィール
サイクルエルゴメーター利用、最大の力・パワー・速度を算出

・最大随意収縮(MVC)
膝関節伸展・足関節底屈

このうち、形態・ランニングコスト、パワー・力・速度プロフィールテスト、MVCはレースの24-48時間前・直後にも実施
最大負荷を伴うトレッドミルテストはレースの4-8週間前に実施

レースパフォーマンスは、各レースの男子優勝タイムなどを基に相対値として算出
(数値が低いほどパフォーマンスが優れる)

相関関係・多重線形回帰をもとにパフォーマンスの決定因子を検証

結果
SHORTが24名(男性13名、女性11名)、MEDIUMが16名(男性12名、女性4名)、LONGが14名(男性8名、女性6名)

相対的パフォーマンスに群間差なし
→均等のパフォーマンスを持つ集団

SHORTのパフォーマンスは、最大酸素摂取量(r = -0.856)、最高走行速度(r = 0.847)、時速10km走行時の脂質の利用率(r = -0.593)・糖質の酸化率(r =0.65)、体脂肪率(r = 0.749)、膝関節伸展のMVC(r = -0.567)、レース直後の足関節底屈のMVCの損失(r = -0.455)、サイクルエルゴメーターの最大の力(r = -0.574)・パワー(r = -0.422)、と有意な相関

MEDIUMのパフォーマンスは、最大酸素摂取量(r = -0.924)、最高走行速度(r = -0.898)、体脂肪率(r = 0.830)、サイクルエルゴメーターの最大のパワー(r = -0.690)・力(r = 0.636)、膝関節伸展のMVC(r = -0.545)と有意な相関

LONGのパフォーマンスは、最高走行速度(r = -0.617)と有意な相関

多重共線性を考慮した上で、SHORTのパフォーマンスは最大酸素摂取量と時速10km走行時の脂質の利用率によって82.5%(調整済みR2=0.790)説明
同じくMEDIUMのパフォーマンスは最大酸素摂取量と膝関節伸展のMVCと体脂肪率によって91.7%(調整済みR2 = 0.917)説明

解説

この論文は、トレイルランニングで最もメジャーな大会であるUTMBの完走者に対して、レース前およびレース直後に形態や有酸素フィットネス、神経筋指標を測定することで、パフォーマンスの決定要因を検証しています。

その結果、以前に紹介した論文同様に、レース時間の長いLONGでは最大酸素摂取量に代表される有酸素プロフィールでは、パフォーマンスをあまり予測できないことが分かりました。
ただし、最高走行速度とは有意な相関関係が認められたため、いわゆる最大能力を高めることもある程度大切な取り組みと言えそうです。

論文の著者らは、おおよそ1日以上のトレイルレースで最大酸素摂取量や閾値指標がパフォーマンスと関係しない理由について、筋ダメージや胃腸症状に対する抵抗力がパフォーマンスを妨げる要因になりやすいことや、コース上で休憩や仮眠をとったりするため、短い距離に比べると走行速度に影響されにくいことを挙げています。

SHORTとMEDIUMでは膝関節伸展のMVCのレースパフォーマンスとの間に負の相関が認められました。
これは、膝関節伸展の最大筋力が高いものほどパフォーマンスに優れる傾向があったことを示しています。
しかし、本文でMEDIUMの重回帰分析の結果をみてみると、膝関節伸展のMVCのcoefficient(回帰式の係数)は+でした。
すなわち、最大酸素摂取量と体脂肪率の影響を踏まえると、最大筋力が大きいものほどパフォーマンスが悪い傾向でした。
従って、長い距離はもちろんのこと、短い距離でも最大筋力を高めること自体は優れたパフォーマンスに直結しないと言えるかもしれません。

まとめ

トレイルランニングではおおよそ100kmまでは最大酸素摂取量を高めることがパフォーマンスに直結するが、より長い距離ではパフォーマンスの限定要因は複雑となる