ウルトラマラソン出走によって透析が必要になった事例

はじめに

ウルトラマラソンを走ることによって、急性腎障害が起こると、一時的に透析治療が必要となる場合があります。

ウルトラマラソンを走ることによって急性腎障害が起こるメカニズムとしては、1) 脱水(腎臓への血流が減少するのに加え、尿比重が増加する)、2) 筋ダメージ(壊れた筋肉から逸脱する物質が腎臓に悪影響を及ぼす)、3) 血流再配分(血流が活動筋などへ優先した結果、腎臓への酸素供給が制限される)、といった要因の関与が考えられます。

ただし、透析治療が必要となるレベルの深刻な急性腎障害が起こるケースは稀です。
2022年の系統的レビューによると、1000人以上のランナーを対象とした場合の急性腎障害の発生率は42%だったものの、症状が深刻だったケースはわずか1例(0.01%)でした。
また、この1例も透析は必要と診断されませんでした
Lecina, M., Castellar-Otín, C., López-Laval, I., Carrasco Páez, L., & Pradas, F. (2022). Acute Kidney Injury and Hyponatremia in Ultra-Trail Racing: A Systematic Review. Medicina (Kaunas, Lithuania), 58(5), 569. https://doi.org/10.3390/medicina58050569

ウルトラマラソンが腎機能に及ぼす影響について、暑熱環境(熱ストレス)が追加的なリスクファクターになる可能性があります。

今回は、アメリカカリフォルニア州の山岳地帯の100マイル(161km)を走るトレイルレース、ウェスタンステイツ・エンデュランスラン(WS)に出場し透析が必要になった事例報告を紹介します。

論文概要

出典

Pasternak, A. V., 4th, Newkirk-Thompson, C., Howard, J. H., 3rd, Onate, J. C., & Hew-Butler, T. (2023). Four Cases of Acute Kidney Injury Requiring Dialysis in Ultramarathoners. Wilderness & environmental medicine, 34(2), 218–221. https://doi.org/10.1016/j.wem.2022.12.004

事例
WSは5486m登り、7010mを下るトレイルランニングレース
本事例は2018年もしくは2021年に出場(うち3名が完走)し、その後に透析が必要になった4名を対象
2018年は最大36.6度、2021年は最大38.3度の暑熱環境でのレース

1名は200mgのイブプロフェンを2錠摂取
2名は塩タブレットを摂取
全ランナーがのどの渇きに応じて飲料をとっていた

全ランナーがレース後にいつものレース後に比べて気持ち悪さを感じていたが、レース直後に救急ケアや入院を必要としなかった
3人は、持続する疲労、ひどい筋肉痛、吐き気、嘔吐のため、医療機関受診前にスタート地点または地元に戻っていた
1人は吐血を起こした
医療機関を受診したのは、走行中止から17~32時間後
全員が10日から6週間にわたる透析治療を受けたが、その後トレーニングに復帰し、医学的問題は残らかった

測定された血液マーカーの数値
尿素窒素(BUN):101mg/dl、109mg/dl、108mg/dl、92mg/dl
血清クレアチニン(Cr):8.94mg/dl、5.19mg/dl、10.3mg/dl、9.39mg/dl
CPK:292,500U/L、>16,000U/L、153,900U/L、>37,580U/L

解説

著者らによると、直近3年間のWSの出場者の中で透析が必要になった労作性横紋筋融解症を伴う急性腎障害は4例(0.38%)あったそうです。

第一に、ウルトラマラソンを走ると著しい筋ダメージが発生します。
そして、骨格筋が壊れると、ミオグロビンやクレアチンキナーゼ(CPK)が血液中に大量に放出されますが、それらが腎臓に到達すると、尿細管閉塞に陥り、急性腎障害を引き起こすとされています。
また、高温環境は急性腎障害のリスク因子となることも指摘されています。

したがって、起伏が激しく暑熱環境で行われたWSでは、深刻な腎障害が起きやすかったと考えられ、発生率の高さもそれを示すデータと言えそうです。

今回の事例の対象者たちは、適切な治療後にランニングに復帰できているものの、急性腎障害は慢性腎障害のリスク因子となる可能性も指摘されています。

したがって、健康のためには過度な急性腎障害に陥るまでの頑張りは控えた方が賢明です。

まとめ

起伏が激しい暑熱環境でのウルトラトレイルは腎臓への負担が大きい