カーボローディングをした上でレース当日の朝食は高脂質に、そしてスタート直前に糖質を摂ると持久系パフォーマンスが向上できる可能性

はじめに

持久系スポーツの主要エネルギー源の一つは、筋肉や肝臓に蓄積されているグリコーゲン(糖質の一種)です。
そのため、マラソンを代表とする90分以上の運動時間を要する持久系スポーツでは、レースの2-3日前から糖質に偏った食事(カーボローディング・グリコーゲンローディング)を摂り、糖質の蓄積量を増やした状態を作ることが推奨されています。

また、レース当日の最後の食事(通常は朝食)でも、体重1kg当たり1-4gの糖質を摂取することが推奨されています。
これは、睡眠時に失われた肝臓のグリコーゲン(肝グリコーゲン)を回復させることが主な理由です。

一方で、運動の数時間前に糖質に偏った食事を摂ると、血糖値の上昇に伴いインスリン分泌が亢進し、遊離脂肪酸(FFA)の利用を妨げてしまう可能性があります。
これは、レース中の脂質利用の抑制や代償的な糖質利用の増加に繋がり、持久系パフォーマンスに負の影響を与える恐れがあります。
つまり、せっかく糖質を蓄積しても、普段に比べると、糖質がより使われやすい状態になってしまっているということです。
しかし、面白いことに運動直前に糖質を摂ると、運動刺激が上回り、インスリン分泌の亢進に伴う脂質利用の抑制は起きにくいというエビデンスもあります。

今回紹介する論文の著者らは、グリコーゲンローディングを実施した上で、レース前夜の睡眠時に使用された肝グリコーゲンを補える糖質は含んだ高脂質食を当日に摂取すると、当日に高糖質食を摂取する場合と比較して、持久系パフォーマンスの向上に繋がるという仮説を立てました。
また、レース当日は高脂質食に加えて、運動開始直前に糖質を摂取すると、筋グリコーゲンの節約効果によって、さらなるパフォーマンス向上が期待できるとも仮説を立てました。

紹介する論文では、3日間のカーボローディングをした後の運動4時間前に高脂質食と高脂質食を摂取した場合の効果、そして高脂質食を摂取した場合に運動直前に糖質摂取することの影響を検証しています。

論文概要

出典

Murakami, I., Sakuragi, T., Uemura, H., Menda, H., Shindo, M., & Tanaka, H. (2012). Significant effect of a pre-exercise high-fat meal after a 3-day high-carbohydrate diet on endurance performance. Nutrients, 4(7), 625–637. https://doi.org/10.3390/nu4070625

方法
8名の男子大学生長距離ランナー(169.2cm、55.9kg、平均値)を対象

事前に漸増負荷試験によって乳酸性閾値、血中乳酸蓄積開始点、最大酸素摂取量を測定

■ランニングテストの方法
80分@乳酸性閾値(71.8%VO2max、マラソンペース相当)+オールアウトまで@乳酸性閾値と血中乳酸蓄積開始点の中間強度(80.0%VO2max)

■条件設定
3条件ともに3日間の高糖質食(2562kcal/day、PFC比→10:19:71)を摂取
最初の2日は乳酸性閾値未満で30分以下のランニングに制限
最後の1日は運動禁止

・高脂質食+マルトデキストリン条件(HFM+M)
ランニングテスト開始の4時間前に高脂質食(1007kcal、PFC比→15:55:30)
ランニングテスト開始の3分前にマルトデキストリンのゼリー(410kcal)

・高脂質食+プラセボ条件(HFM+P)
ランニングテスト開始の4時間前に高脂質食(1007kcal、PFC比→15:55:30)
ランニングテスト開始の3分前にプラセボのゼリー(0kcal)

・高糖質食+プラセボ条件(HCM+P)
ランニングテスト開始の4時間前に高糖質食(1007kcal、PFC比→9:21:70)
ランニングテスト開始の3分前にプラセボのゼリー(0kcal)

ランニングテスト中は水分の自由摂取可

条件間に最低7日間のウォッシュアウト期間を設定

■測定項目
呼気ガス(酸素摂取量、呼吸効果比、糖質・脂質酸化量)、血液(血糖値、インスリン、FFA、乳酸)を経時的に測定

結果
■持久系パフォーマンス
HFM+M: 100分、HFM+P: 92分、HCM+P: 90分
HFM+Mは他の2条件に比べて耐久時間が長い
HFM+PとHCM+Pとに有意差はないものの、7人がHFM+Pで耐久時間が長い

■呼気ガス応答
ランニングテスト中の心拍数、酸素摂取量は条件間の有意差なし

HFM+M・HFM+PはHCM+Pに比べ、安静時の糖質酸化量は低く、脂質酸化量は高い

ランニングテスト中の糖質酸化量は、HFM+PがHFM+M・HCM+Pより低い

ランニングテスト中の脂質酸化量は、HCM+PがHFM+P・HFM+Mより低い
また、HFM+MはHFM+Pより低い

■血液応答
安静時のFFAは、HFM+PはHCM+Pより高い

ランニングテスト中のインスリンは条件間で有意差なし

ランニングテスト中のFFAは15分と60分でHFM+PがHCM+Pより高い

オールアウト時の乳酸値は、2.5-3.0mmol/L

解説

10年前に発表された論文は、糖質を蓄積することによるメリットを最大化し、デメリットを最小化するアプローチを示唆しています。
具体的には、身体が糖質に最大限に蓄積した状態を作りつつ(グリコーゲンローディング)、ランニング開始時にグリコーゲンが過度に分解されないように、脂質を使える状態も作り出し(朝食の高脂質食)、さらにランニング開始時に血糖値からの糖質利用も可能な状態を作っていること(直前のマルトデキストリン)です。

また、高脂質食といっても、約30%のエネルギーは糖質から摂取している点もポイントです。
これによって、睡眠時に減った肝グリコーゲンはある程度回復しているように思います。

高糖質食、高脂質食にしろ、慣れや普段の食生活によって胃腸症状が起きる可能性はありますが、こういった良いとこ取りをするには、生理学的な知識を持っていないと難しいには違いありません。
そして、こういった説明は一言では言えないので、理解する(理解させる)には、ある程度の根気強さが必要です。

まとめ

グリコーゲンローディングのみよりは、レース当日に脂質を意識すると、持久系パフォーマンスを最適化できる可能性