短期間の低糖質高脂肪食は持久系アスリートの健康に不利益を与える可能性が高い

2022年4月27日

はじめに

エナジー・アベイラビリティ(Energy Availability: EA)は、1日の総エネルギー摂取量から運動中のエネルギー消費量を引いた値を除脂肪量(Fat free Mass: FFM)で除して求めることができ、日常生活で利用可能なエネルギーを指します。

低いEA(Low Energy Availability: LEA)、すなわちエネルギー不足の状態では、安静時代謝量の減少や代謝・ホルモン機能に異常をきたし、女性アスリートにおいては月経異常や骨粗鬆症を引き起こします。
また、性別を問わずLEAはパフォーマンスや健康面へネガティブな影響を及ぼすため、アスリートは運動トレーニングによる消費エネルギーの増大に見合う十分なエネルギーを摂取することが重要です。

以前、LEAで持久系トレーニングをすると、鉄吸収を妨げるホルモンであるヘプシジンの分泌が亢進する論文を紹介しました。

LEAとは別に、しばしばそのアプローチの是非が問われるものとして、低糖質高脂肪(Low Carbohydrate High Fat: LCHF)食があります。
LCHFはケトジェニックダイエット(ケト)として知られており、アスリートの中でもケトを実践する者はいます。

今回紹介する論文は、エリート競歩選手を対象として6日間のLEAあるいはLCHFが一過性の持久系トレーニング後の免疫や炎症、鉄制御応答に及ぼす影響を検証しています。

論文概要

出典

McKay, A., Peeling, P., Pyne, D. B., Tee, N., Whitfield, J., Sharma, A. P., Heikura, I. A., & Burke, L. M. (2021). Six Days of Low Carbohydrate, Not Energy Availability, Alters the Iron and Immune Response to Exercise in Elite Athletes. Medicine and science in sports and exercise, 10.1249/MSS.0000000000002819. Advance online publication. https://doi.org/10.1249/MSS.0000000000002819

方法
28名のエリート男性競歩選手を対象
(世界選手権メダリスト4名を含む競技レベルが高い集団)

実験は4週間のトレーニングキャンプ中に6日間×2フェーズで構成
最初の6日間はベースラインとし、全員がControl(エネルギー摂取量:40kcal/kg FFM/day、摂取比率:タンパク質が15%、脂質が20%、糖質が65%)を摂取

次の6日間は下記3つのいずれかの食事を摂取
・Control(エネルギー摂取量:40kcal/kg FFM/day、摂取比率:タンパク質が15%、脂質が20%、糖質が65%)
・LCHF(エネルギー摂取量:40kcal/kg FFM/day、摂取比率:タンパク質が15%、脂質が80%、糖質が5%(50g)未満)
・LEA(エネルギー摂取量:15kcal/kg FFM/day、摂取比率:タンパク質が25%、脂質が15%、糖質が60%)
※群分けはランダムではなく、アスリートの好みが考慮されたが、競技力やトレーニング状況は群間で均等
※日々のトレーニングのエネルギー消費量について、呼気ガス採取を伴うトレッドミルテストのデータから個別に算出、その結果をもとに食事量を調整

各フェーズの最終日に競歩テスト(25km 、ただし1名のジュニア選手のみ19km)を実施
競歩テストの日は空腹時、テスト前、テスト直後、テスト1時間後、テスト3時間後に血液検査を実施
主な検査項目は、インターロイキン6(IL-6)、ヘプシジン、コルチゾール、血糖値
競歩テストの2時間前(空腹時採決後)の食事は下記のとおり
・Control(糖質:2g/kg体重)
・LCHF(エネルギー摂取量:Controlと同一、脂質からのエネルギー摂取率:~80%)
・LEF(糖質:1g/kg/体重)

結果
・LCHFをとった選手は、ベースラインと比べて競歩テスト後のIL-6、ヘプシジン、総白血球数、コルチゾールの増加が顕著

・LCHFをとった選手は、競歩テスト後の血糖値が減少

・Control、LEFをとった選手はベースラインと比べて顕著な変化なし

・競歩テストのタイムはCONとLEFをとった選手はベースラインと変化なし、LCHFをとった選手はベースラインより遅延(+7分28秒)

解説

この論文は、短期間のケトジェニックダイエット(LCHF)は、一過性の持久系トレーニング後に免疫、鉄制御、ストレスに関する血液指標に好ましくない反応を誘発したことを示しています。
一方で、エネルギー不足な食事(LEA)は、一過性の持久系トレーニング後の血液応答から見る限り、さほど大きな影響を与えませんでした。

こういった実験デザインの論文を理解するには、栄養学に関する十分な知識が求められます。
また、今回の論文では、競歩テスト前の食事も各アプローチに基づいていたため、LCHFを選んだ選手が直前の食事のみ高糖質食を摂った場合、同じ結果が得られたのかは分かりません。

LEAを選んだ選手でさほどネガティブな影響がみられなかった理由は、体重1kg当たりのタンパク質が2.1g/kg体重/日と持久系アスリートに推奨される量を満たしていたことや、糖質の摂取量が5g/kg体重/日と、それなりに摂れていたことが関係している気がします。
(ただし、トレーニングによる消費エネルギーが多いため、EAは15kcal/kg FFM/日と低い)。

また、LCHFは十分なエネルギーをとっていましたが、体重がベースラインと比べ2kgも減少していました。
この結果は、いわゆる糖質制限食をするとエネルギー出納に関わらず、体重が減少することを示しています(ただし、脂肪ではなく水分量の変化による)。

いずれにしても、以前に紹介したとおり、持久系アスリートにとってケトジェニックダイエットは心身への負荷が高く、トレーニングや日常生活に支障を来たす恐れもあるため、誰もが気軽にできるアプローチではないことは間違いないでしょう。

まとめ

持久系アスリートは低糖質ダイエットの実践に慎重になった方が良い