スマートウォッチでもランニング中の心拍数は正確に測定できるのか?

2021年7月5日

はじめに

Garmin、Polar、Suunto、Corosといったメーカーが販売するスポーツ系GPSスマートウォッチの多くは、運動中の心拍数が測定できます。

心拍数は、トレーニング効果を左右する運動強度を把握するのに適しています
また、マラソンや自転車競技のロードといった持久系スポーツでは、ある一定以上の心拍数以上では、心拍数が過度に上昇してしまうドリフト現象が起こり、レース後半のペースダウンにつながるため、最適なペースを把握するためには普段のトレーニングでの心拍数測定が役に立ちます

基本的にスポーツ系GPSスマートウォッチは、光電式容積脈波法(Photoplethysmography: PPG)を測定原理として心拍数を推定しています(胸ベルト式のデバイスと同期して使う場合は別)。
PPG法は、赤外線を皮膚に照射し反射光の量から心拍数の変化を検出しています。
これに対し医療機器で一般的に用いられている心電図法は、身体の数か所に電極パッドを付け、心臓が発生する微弱な電気パルスを捉えて心拍数を測定しています。

PPG法は、モーションアーチファクト、血液還流の低下、光の拡散といったノイズの影響を受けます。
特に体動が大きい運動では、PPG法で得られた心拍数は正確性に欠けることが多くの研究によって指摘されています。
しかし、ある種当たり前ですが、多くのスポーツ系GPSスマートウォッチ販売メーカーは、運動時の心拍数も妥当に評価できる風なニュアンスで商品が宣伝されています。

今回はランニング中の心拍数についてスポーツ系スマートウォッチ・Polar Vantage Mで得られた数値と心電図で得られた数値を比較検証した論文を紹介します。

Polar Vantage Mは、Polar社の独自技術であるPolar Precision PrimeTMセンサーが搭載されており、心拍数計測が高いことがウリとなっています。
Polar Precision Primeセンサーに関する詳細は下記のとおり
通常の光学式心拍計は緑のLEDを使っていますが、新方式では、緑と赤色の2色のLEDを計9個使用。赤色の波長を加えることで、より深い位置の毛細血管の計測も可能になり、血管の状態をより正確に把握することができます。

また、3D加速度センサーと皮膚に接触する面には電極センサーを4つ搭載しています。皮膚と光学式心拍センサーの接触状況を把握でき、手の動きで発生する誤差(モーション・アーティファクト)の補正を行います。この2色LED光学センサー、電極センサー、3D加速度センサーという3つのセンサーを融合させることにより、心拍数計測の精度を高めることに成功しました。

(引用:Polar社ホームページhttps://www.polar.com/ja/about_polar/news/polar_vantage_m)

論文概要

出典

Shumate, T., Link, M., Furness, J., Kemp-Smith, K., Simas, V., & Climstein, M. (2021). Validity of the Polar Vantage M watch when measuring heart rate at different exercise intensities. PeerJ, 9, e10893. https://doi.org/10.7717/peerj.10893

方法
30名の活動的な健常者(男性16名、女性14名)を対象
最終的なデータ分析対象者は28名

対象者はPolar Vantage M(右手首)、リアルタイムECGを装着した状態でトレッドミル上での漸増負荷試験を24-48時間の間隔をあけて2回実施

漸増負荷試験の形式は下記のとおり
安静時心拍数の測定(椅座位):3分
トレッドミル上で立位:2分
ステージ1:3分@2.7km/h(傾斜10%)
ステージ2:3分@4.0km/h(傾斜10%)
ステージ3:3分@5.4km/h(傾斜10%)
ステージ4:3分@6.7km/h(傾斜10%)
ステージ5:3分@8km/h(傾斜10%)
ステージ6以降:3分ごとに傾斜を2%ずつ増加(スピードはステージ5)

結果
安静時心拍数は71.49拍/分

各ステージの相対強度(ステージ中の平均心拍数/最高心拍数)は下記のとおり
ステージ0(立位):43%
ステージ1:53%
ステージ2:61%
ステージ3:79%
ステージ4:93%
ステージ5:95%

Polar Vantage M(右手首)とリアルタイムECGから得られた心拍数のブランドアルトマン解析の結果は下記のとおり
ステージ1
→差の平均値:0.98拍/分
→誤差の許容範囲:上限17.50拍/分、下限-15.54拍/分

ステージ3
→差の平均値:12.25拍/分
→誤差の許容範囲:上限41.78拍/分、下限-17.28拍/分

ステージ5
→差の平均値:9.97拍/分
→誤差の許容範囲:上限31.47拍/分、下限-11.53拍/分

Polar Vantage M(右手首)とリアルタイムECGから得られた心拍数の級内相関係数(ICC)の結果は下記のとおり
ステージ0(立位)-ステージ2:1日目・2日目ともに0.70以上
ステージ3-ステージ5:1日目が0313-0.561、2日目が0.141-0.364

解説

この論文は、スポーツ系GPSスマートウォッチ(PCG法)の測定精度をゴールデンスタンダードな手法(ECGを用いた心電図法)と比較することで検証しています。
その結果、高精度で測定できると謳われている商品であっても、少なくともランニング中の心拍数は実用に耐える精度は出ないことが明らかとなりました。

ブランドアルトマン解析は、2つの測定方法の一致度を評価するために使われます。
また、級内相関係数(ICC)は、一般的には測定の信頼性を表す指標として疲れています。
どの数値までが精度として許容できるのかについては、測定値によって様々であり、一つの数値をもとに判断することには限界がありますが、ブランドアルトマン解説の差の平均値が10拍/分前後、ICCが0.7未満という結果を踏まえると、どんなにポジティブに考えてもPolar Vantage Mは妥当性がある(≒正しく心拍数が測れている)という結論は導けません。

同じ運動時でも比較的体動が少ない自転車競技などでは別の結果になる可能性もありますが、少なくともランニングという運動様式においては、現在の技術ではスポーツ系スマートウォッチGPSによって測定される心拍数は当てにならない可能性が高いと言えます。

まとめ

スポーツ系スマートウォッチの心拍数はあてにならない