ナイキ社厚底シューズのエビデンスをまとめてみた

2022年8月15日

はじめに

今回は、2017年以降のマラソンの記録節約に多大な貢献を果たしているナイキ社のカーボンプレート搭載・厚底シューズ(以下、「ナイキ社厚底シューズ」)に関する一連の研究成果を眺めていきます。

ナイキ社厚底シューズの効果を検証した研究は、ランニングエコノミーを評価指標にしています。
ランニングエコノミーとは、エネルギーをどれだけ経済的に使えているのかを表し、中長距離走のパフォーマンスを決定し得る指標です。
具体的には、一定速度走行時の酸素摂取量やエネルギー消費量、あるいは一定距離走行時に必要な酸素量(酸素コスト)やエネルギー量(エネルギーコスト)によって評価します。
これらの数値は低いほどエネルギーをより節約できていると判断します。

論文1:4%の由来となったデータ

出典

Hoogkamer, W., Kipp, S., Frank, J. H., Farina, E. M., Luo, G., & Kram, R. (2018). A Comparison of the Energetic Cost of Running in Marathon Racing Shoes. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 48(4), 1009–1019. https://doi.org/10.1007/s40279-017-0811-2

私の知る限り、ナイキ社厚底シューズに関する最初の論文です。

方法
・18名の男性エリートランナー(10kmの自己記録が31分未満相当)を対象
・重量を揃えた上で、1) ナイキ社ズームストリーク6(NS)、2) アディダス社アディダスブースト2(AB)、ナイキ社ヴェイパーフライ4%プロトタイプ(NP)の3種類のシューズを履いた時のランニングエコノミーをトレッドミルで測定

結果
・VPはZSに比べ4.16%、ABに比べ4.01%、ランニングエコノミーが優れる(平均値)
・節約率には個人差があるが、全員がNPで最も優れる(節約率の範囲:約1.5-6%)
・踵接地タイプのランナーの節約率が大きい傾向
・ステップ頻度、接地時間、最大鉛直床反力といったバイオメカニクス指標では、節約率をあまり説明できない(説明率:20%未満)

4%(平均値)節約された結果は、ナイキ社厚底シューズの商品名(ヴェイパーフライ4%)のエビデンスにもなっています。

論文2:性差に着目

出典

Barnes, K. R., & Kilding, A. E. (2019). A Randomized Crossover Study Investigating the Running Economy of Highly-Trained Male and Female Distance Runners in Marathon Racing Shoes versus Track Spikes. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 49(2), 331–342. https://doi.org/10.1007/s40279-018-1012-3

次に紹介する論文は、性差の影響を検証しています。

方法
・12名の男性(10km:30分未満相当)・12名の女性(10km:35分30秒未満相当)のエリートランナーを対象
・1) ナイキ社ヴェイパーフライ(NVF、205g)、ナイキ社ズームマツンボ3(NZM、118g)、アディダス社アディゼロアディオス3(ADI、236g)、ADIと質量を揃えたナイキ社ヴェイパーフライ(NVF+)の3種類のシューズを履いた時のランニングエコノミーをトレッドミルで測定

結果
・NVFはNZMに比べ2.6%、ADIに比べ4.2%、ランニングエコノミーが優れる(平均値)
・節約率には個人差がある(NZMとの比較:-0.5%~+5.3%、ADIとの比較:-1.7%~+7.2%)
・節約率は男性でやや大きいが、女性でも効果が認められる
・ステップ長、ステップ頻度、接地時間、滞空時間の変化では節約率をほぼ説明できない(説明率:3%未満)

ランニング現場では、ナイキ社厚底シューズを履くことで得られる恩恵の性差について、様々なことが言われています。
しかし、この論文をみる限り、性別に関わらず、ある程度の節約効果は期待できそうです。
男性の節約率がやや大きい原因について論文の著者らは、体重の影響を指摘していました。
具体的には、「軽量の女性ランナーと比較して、男性ではより大きな地面反力が誘発でき、それが優れたエネルギーリターンに繋がる可能性がある」と考察しています。

論文3:プロトタイプではなく市販のヴェイパーフライ4%の効果検証

出典

Hunter, I., McLeod, A., Valentine, D., Low, T., Ward, J., & Hager, R. (2019). Running economy, mechanics, and marathon racing shoes. Journal of sports sciences, 37(20), 2367–2373. https://doi.org/10.1080/02640414.2019.1633837

論文1・2はプロトタイプで検証していたことを踏まえ、次の論文では一般人が購入できる市販シューズを用いています。

方法
・19名の男性エリートランナー(10km:31分未満相当)を対象
・ナイキ社ヴェイパーフライ4%(VP、184g)、ナイキ社ズームストリーク(ZS、192g)、アディダス社アディオスブースト(AB、230g)の3種類のシューズを履いた時のランニングエコノミーをトレッドミルで測定

結果
・VP4はZSに比べ1.9%、ABに比べ2.8%、ランニングエコノミーが優れる(平均値)
・VP4はストライド長を大きく、足関節底屈速度を小さく、重心の上下動を大きくさせる
・VP着用時の接地時間が短いランナーほど、VPの節約効果が認められる傾向(説明率:33%)

論文1・2に比べると、節約率がやや小さいものの、一般人が購入できるヴェイパーフライ4%でも節約効果が期待できる結果でした。

論文4:一般ランナーを対象

出典

Hébert-Losier, K., Finlayson, S. J., Driller, M. W., Dubois, B., Esculier, J. F., & Beaven, C. M. (2020). Metabolic and performance responses of male runners wearing 3 types of footwear: Nike Vaporfly 4%, Saucony Endorphin racing flats, and their own shoes. Journal of sport and health science, S2095-2546(20)30163-0. Advance online publication. https://doi.org/10.1016/j.jshs.2020.11.012

論文1・2・3はエリートランナーを対象にしていたことを踏まえ、次の論文では走力が低い一般ランナーを対象としています。

方法
・16名の男性ランナー(10kmの平均タイム:21分台)を対象
・ナイキ社ヴェイパーフライ4%(VP4、211g)、サッカニー社エンドルフィンレーサー2(FLAT、153g)、各自が普段履いている靴(OWN、313g)の3種類のシューズを履いた時のランニングエコノミーをトレッドミルで測定
・3kmタイムトライアルも実施
・VP4とFLATの靴を黒いスプレーで塗装し、対象者がブランドやモデルが分からないように実施

結果
・VP4はOWNに比べ約4%、FLATはOWNより約3%、ランニングエコノミーが優れる(平均値)
・VP4とFLATのランニングエコノミーに有意差なし
・節約率には個人差がある(VP4とOWNとの比較:-8.6%~+13.3%、FLATとOWNの比較:-9.6%~+9.7%)
・3kmタイムトライアルは、VP4がOWNに比べ2.4%(16.6秒)、FLATに比べ1.8%(13.0秒)優れる
・ランニングエコノミーの節約と3kmタイムトライアルの向上は中足・前足部接地のランナーで起きにくい

エリートランナーと比べると節約率の個人差が大きいものの、効果が認められました。
ただし、各自が普段のランニングで履いているシューズと比較しているため、論文1・2・3の節約率と直接比較することに注意が必要です。
なお、サッカニー社はアメリカではメジャーなシューズメーカーです。
サッカニー社はヴェイパーフライ4%と同様のカーボンプレート搭載厚底シューズ(エンドルフィンプロ)を発売していますが、この論文では従来型のレースシューズを用いています。

論文5:傾斜がある場合の効果

出典

Whiting, C. S., Hoogkamer, W., & Kram, R. (2021). Metabolic cost of level, uphill, and downhill running in highly cushioned shoes with carbon-fiber plates. Journal of sport and health science, S2095-2546(21)00111-3. Advance online publication. https://doi.org/10.1016/j.jshs.2021.10.004

論文1・2・3・4は平坦でのエコノミー節約効果を報告していました。
そこで次の論文では、平地、登り坂(傾斜:+3%)、下り坂(傾斜:-3%)の条件でテストし、エコノミーの変化の度合いに差があるのか検証しています。

方法
・18名の男性ランナー(5kmのタイム:35分未満)を対象
・ナイキ社ヴェイパーフライ4%(VP4)、ナイキ社ストリーク6(S6)の2種類のシューズを履いた時のランニングエコノミーをトレッドミルで測定

結果
・VP4はS6に比べ平地で3.83%、登りで2.82%、下りで2.70%、ランニングエコノミーが優れる(平均値)
・統計学的にみると、登りの節約率は平地に比べると少ない
・節約率には個人差がある(平地:+0.10%~+7.24%、登り坂:-0.20%~+5.47%、下り坂:-2.06%~+6.01%)
・平地と登り、平地と下りの節約率に有意な相関なし

この論文を踏まえると、たとえ傾斜があっても、ナイキ社厚底シューズはランニングエコノミーの節約が期待できると言えます。
ただし、平地に比べると節約率は小さく、特に登りは統計学的にも平地と差が認められました。

論文6:遅いペースで走った時の効果

出典

Joubert, D., Dominy, T., & Burns, G. Effects of a Highly Cushioned Racing Shoe on Running Economy at Slower Running Speeds. sportrxiv. https://doi.org/10.51224/SRXIV.141(プレプリント)

論文4を除くと、これまでの研究は、走力に優れるランナーを対象としているため、エコノミー評価時の走行速度が高い傾向にありました。
一方、市民ランナーの多くはキロ5分(マラソン:約3時間30分)やキロ6分(同:約4時間15分)といったペースがレースペースになります。
そこで次の論文では、遅いペースでもエコノミー節約効果が認められるのか検証しています。

方法
・16名の一般ランナー(男性8名、女性8名、時速12km走行時に血中乳酸濃度が4mmol/L未満の走力を持つ)を対象
・ナイキ社ヴェイパーフライネクスト%2(VFN2)、アシックス社ハイパースピード(CTRL)の2種類のシューズを履いた時の時速10km(キロ6分)、時速12km(キロ5分)走行時のランニングエコノミーをトレッドミルで測定
※VFN2(187.7g)とCTRL(203.5g)の質量に差があったため、VFN2の踵にWing nutsを付けて質量を統一

結果
・VFN2はCTRLに比べ時速10kmで0.9%(p = 0.065)、時速12kmで1.4%(P =< 0.001)、ランニングエコノミーが優れる(平均値)
・時速10kmに比べると時速12kmの方が節約効果は顕著

論文6を踏まえると、遅いペースであっても、ランニングエコノミー節約効果が期待できると言えます。
ただし、先行研究の節約率や論文6の結果を踏まえると、ペースが遅くになるにつれて、節約効果は減る傾向にあります。
論文の著者らは、この原因として、高速に比べ鉛直地面反力が低いことや、カーボンファイバープレートとランナーの高剛性(runner’s interaction with the rigid, curved carbon fiber plate)が影響している可能性を指摘していました。
仮に節約効果が減るにしても、理論上はマラソンに換算すると、キロ5分のランナーでは約3分、キロ6分のランナーでは約2.5分のタイム短縮に繋がります。

まとめ

ナイキ社厚底シューズを履いた時のランニングエコノミーへの効果を検証した6つの論文をまとめます。
・従来型のマラソンシューズに比べると約4%の節約が認められる(論文1)
・性別に関わらず節約が起こる(論文2)
・プロトタイプではなく市販タイプでも節約が認められる(論文3)
・エリートランナーのみならず市民ランナーでも節約が認められる(論文4)
・平地のみならず、登りや下りでも節約が認められる(論文5)
・遅いペースでも節約が認められる(論文6)

なお、ほとんどのランナーで節約効果が期待できる一方で、その度合いには個人差があることも事実です。
しかし、個人差を決めている要因はあまり解明されておらず、ステップ長(ストライド)、ステップ頻度(ピッチ)、接地時間といった指標ではあまり説明できない模様です。