エリートマラソンランナーのレース前のトレーニング・栄養戦略

はじめに

フルマラソンで優れたパフォーマンスを発揮するには、普段のトレーニングによって高められるフィットネスのみならず、レース前のテーパリング(トレーニング負荷の減少)戦略、栄養補給戦略、ペース戦略といった観点の最適化を図る必要があります。

以前、フルマラソンのレース前のトレーニングならびにレース中の栄養補給を科学的に実践することで、10kmの自己記録が同等のランナーに比べてもタイムが約10分短縮した論文を紹介しました。

今回は世界選手権やオリンピック出場経験を有する3名の男子エリートマラソンランナーのレース前16週間にわたるトレーニング状況と栄養補給戦略を報告したケーススタディを紹介します。

論文概要

出典

Stellingwerf T. (2012). Case study: Nutrition and training periodization in three elite marathon runners. International journal of sport nutrition and exercise metabolism, 22(5), 392–400. https://doi.org/10.1123/ijsnem.22.5.392

方法
■対象ランナー
3名のエリート男性ランナーを対象
(国内選手権を計12回優勝、オリンピックや世界選手権などの国際大会に16回出場)
3名は異なるレースに出場したが、同じ生理学・栄養学の専門家からアドバイスを受けた

■トレーニング
レース前16週間のトレーニングを分析
時間、主観的運動強度(RPE)、トレーニングインパルス(時間×RPE(0-4:1、5-7:2、8-10:3))、距離

■栄養補給に関する取り組み
1) 低糖質状態トレーニング
早朝空腹状態トレーニング
低グリコーゲントレーニング(1回目のトレーニング後、不十分な糖質補給状態で4時間以内に2回目のトレーニングを行う)

2) 個別化された糖質・水分補給
専門的準備期・テーパリング期で1-3回/週の頻度で糖質・水分補給量、体重の変化量、胃腸症状を計測・観察しながら、個人ごと最適化
各ランナーに対して、1)トレーニング中の体重減少率が2-3%以内に収まるよう水分摂取量を調整すること、2) 2時間以上のトレーニングでは、糖質を最低でも30-60g/時、水分を400-600ml/時、また耐えられる限りさらに多い量を摂取すること、3) テーパリング期では75分以上のトレーニングで2) のアプローチを実施すること、を指示

結果
■レースパフォーマンス
ランナー1:2時間11分23秒(大会前の自己記録:2時間16分53秒)
ランナー2:2時間16分17秒
ランナー3:2時間12分39秒(大会前の自己記録:2時間15分15秒)

■トレーニングデータ
・週当たりのトレーニング
平均12.6回

・週当たりの走行距離
ランナー1:平均173.6km
ランナー2:平均213.3km
ランナー3:平均159.6km

・専門的準備期で練習量が最も多い週の走行距離
ランナー1:228km
ランナー2:266km
ランナー3:199km

・レース週の走行距離
平均114.5km(レース含)

・トレーニング強度の配分
RPE0-4:平均74.3%
RPE5-7:平均11.0%
RPE8-10:平均14.7%

■栄養補給に関する取り組み
・低糖質状態トレーニングの実施状況
一般的準備期(週:1-6):平均2.5回
専門的準備期(週:7-12):平均2.6回
テーパリング期(週:13-16):平均1.3回
3名合わせて107回実施、うち96回が早朝空腹状態トレーニング、11回が低グリコーゲントレーニング

・個別化された糖質・水分補給トレーニング
16週間を通じて平均19回実施

・レース中の糖質・水分補給
糖質摂取量:平均61g/時
水分摂取量:平均604g/時
3名ともにマルトデキストリン(グルコース)とフルクトースがブレンドされたスポーツドリンクと糖質ジェルを利用
おおよそ15分ごとに糖質15gと水分150mlを摂取
2名のランナーはカフェイン摂取(平均3.7mg/体重1kg、60%をレースの1時間前に丸薬で、残りの40%をレース中に糖質ジェルとともに摂取)

解説

厚底カーボンシューズによるタイム短縮が顕著となった昨今のエリートマラソン界のパフォーマンスを踏まえると、今となってはタイムにすごさを感じないマラソンランナー3名を対象としたケーススタディです。
しかし、当時のマラソン界で優れたパフォーマンスを発揮していたオリンピック・世界選手権出場ランナーを対象に、レース前のトレーニングや栄養補給に関する取り組みの詳細を報告した非常に貴重なデータには違いありません。
また、ランナー2は初マラソンだったようですが、ランナー1・3は自身の自己記録を大幅に短縮させており、成功レースに向けた取り組みな点にも価値があります。

著者らによると、レース前3週間のテーパリングにおいて、トレーニング頻度の変化なしにトレーニング量を52%減らしていたとあります。
また、本文の図をみると、4週間前から週ごとに徐々に走行距離を減らしていたことがわかりました。
テーパリングを最適化させるためには、様々な要因を考慮する必要があるため、トレーニング量に関する指標だけで語ることには限界がありますが、一つの参考にはなり得ます。

なお、低糖質状態でのトレーニングは、大半が早朝空腹状態で行われ、不十分な糖質補給状態で4時間以内に2回目のトレーニングを行うアプローチはあまり行われていませんでした。
これは、ランナーにとって早朝空腹状態トレーニングの方が取り組みやすいアプローチだったことを意味しています。

まとめ

エリートマラソンランナーが最適な力を発揮した裏には、優れたトレーニング・栄養戦略があった